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虹がでたなら

説明がしづらい人のブログ。

テレパスではなく(生きづらい人)

スージー氏が言っている、「Yasnoさんはテレパス七瀬だね」というそれは、
小説『家族八景』の火田七瀬のこと。 

 

残念ながら私は、単なるHSP(Highly Sensitive Person)であって、
テレパスではけっしてないのだけど(ただし、何故かスージー氏の考えていることは手に取るように解ってしまう)、
テレパスと同じ種類の生きづらさを持っているのかも。

  

家族八景 (新潮文庫)

家族八景 (新潮文庫)

 
ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。

ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。

 

  

「(独特すぎる)スージーさんだって、生きづらいでしょう?」と訊くと、
「そんな! Yasnoさん程に生きづらい感じの人はいないですよ!」と。

 

実は壮絶な人生を歩んでいるジュリアス・スージー氏に、
まさかそんな風に言われるなんて思ってもみなかったけど、
そもそも彼は、そんじょそこらのどんな人よりも、
観察しがいのありそうな自分自身のことを、
見つめることが苦手なのだ。

 

「それにしても」と言って、彼は私の過去のいくつかの仕事について褒め、
今の仕事と、私の変貌ぶりに驚きながら感心してくれた。

 

生きづらいというキーワードが頭の中に残っていて、
話をしながら、私はこんなことを思い出していた。

 

 

前の職場で、新商品の営業方法について、社内の一部で静かに反発が起きていた。
その仕事に対して、別段思うこともなかったので、ごく普通にこなしていたのだけど、
売上成績が、2位以下の人たちの3倍にさしかかりそうになった頃、
同僚から「仕事の手を抜いてくれ」と頼まれた。

 

「この仕事はやっても意味がなく、1日も早く終わらせることが会社のため。」
という理由だったが、私はその台詞が腑に落ちず、
「意味があるかないかを決めるのは、私たちではないのでは?
 私たちが手を抜いて、情報を操作する方が問題だと思いますが。」
と答え、ちょっと嫌な顔をされた。

 

しかし、そんなことを言った私だったが、つい最近、
“ただ椅子に座って、3時間「分かりません」と言うだけの仕事”を言い渡され、
「こんな意味のないことは出来ない! やらせるなら辞表を書く!」
と啖呵を切っていた。ヤレヤレである。

 

  

散歩は続いた。
インテリには散歩好きが多いように思うがどうだろう。

 

「写真にとると、綺麗な川みたいに見えるね。」と言ったのはここ。

 

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口に出すことを禁じられたので、関係ないところに記録。

 

ある人が、
「私の書いた漫画に意見を言って欲しい。ただし、文章の部分だけに限る。」
と言っていて驚いた。

 

では、何故漫画という表現方法を用いたのか?

 

漫画とは総合的なもの。
どちらを欠いても成り立たないと思う。

 

私は私の言っていることが正しいと思っているけど、
世の中は、正しいことだけが全てではないんだよねぇ。

 

 

寝ます。おやすみなさい。