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虹がでたなら

説明がしづらい人のブログ。

共犯者という関係性(映画『ゴーン・ガール』、そして『ブルーバレンタイン』について)

周りでさんざん話題のデビッド・フィンチャー監督『ゴーン・ガール』。
直前、2人の友人からサラウンドで「観るべき!」と勧められ、酔いも手伝って、時間がちょうど良かった品川プリンスシネマへ。

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鑑賞後、みんな「『ブルーバレンタイン』と似た虚脱感を感じる」と言うので、軽くビビリつつ観たんだけど、恐れたほどではなかったかな。

ジャンル分けに自信のない私があえて言うと、『ブルーバレンタイン』はロマンティックドラマで、『ゴーン・ガール』はショーアップされたサイコサスペンスだと思う。
彼女、本当に精神異常者だと思うもんなー。
10年間、復讐のためだけに生きていた私が言うんだから本当よ(ふふふ)。

 

ブルーバレンタイン』の公開時は、主人公達が徐々に掛違えて行く様について、色々な人が「語りたい!」とあちこちでイベントを開いていたけど、『ゴーン・ガール』は、全てが仕組まれた思惑の上に流れていく物語だったので、そこまでの熱が秘められている感じでもなかったかな。

昼間、友人達との雑談の中に登場した「フランシス・ベーコンの、解釈を観る者に委ねるという考え方を“無責任”と感じる、ドミニク・アングル派の女」みたいな人ならば、圧倒的に『ゴーン・ガール』を指示していたのかもしれないけど。

つまり、言い換えてみると、ツッコミどころが少ない。

 

とはいえ『ゴーン・ガール』も、各所に「あれなー(´ω` )。」なんてところが散りばめてあり、『ブルーバレンタイン』同様、十分に男女の恋愛や結婚に絶望する作りだったと思う。

共にとても暗い映画だけど、『ゴーン・ガール』の最悪なエンディングに、私は不思議な明るさを感じた。
確かに男女としては破綻しているが、夫婦としては成立していると言えるのではないだろうか。
言い換えると、ふたりは(望む、望まないの意志とは関係なく)同じ目的を持つ“共犯者”だから。
実際に、映画の中で二人の関係性を“共犯者”という言葉で表現している場面もあるしね。

そういえばつい最近、何処かで「良好な夫婦関係を築くには、お互いにお互いの話を聞かないこと」なんて話を聞いたなぁ。
まぁ、組合せの問題とも言えるか。

映画を観終わった後、周りに沢山いたカップルたちはどんな反応だろうとキョロキョロしてみたんだけど、私の並びに座っていたカップルはギュッと手を握り合っていて、ちょっと微笑ましかった。
絶対にエロい気分にならないと思うし、たぶんお互いに「映画のセレクト間違えたなー」と思ってるだろうけど、私はその見知らぬふたりが、いい共犯者になれば良いなぁと思った。

 

しかし、『ゴーン・ガール』という映画は、よく出来た映画だとは思うけど、好きかどうかと言えば、そんなに好きではないな。
ブルーバレンタイン』の方がずっと好き。救いようがないけど。

 

さて、この流れで『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』を観るべきか……、悩む。

 

ゴーン・ガール

ゴーン・ガールとは編集

ブルーバレンタイン

ブルーバレンタインとは編集

 

 

追記:『her/世界でひとつの彼女』をお勧めされたので観よう。